東京高等裁判所 昭和35年(う)1269号 判決
被告人 木村紀一
〔抄 録〕
被告人の控訴趣意中原判決別表二の事実の誤認を主張する点について
原判決が別表二の被告人が昭和三十四年十月二十八日東京都大田区下丸子町二百六十八番地株式会社精機社事務室内で、木本晴彦所有の現金約五千二百円を窃取したとの事実について挙示した被告人の原審公判廷における供述、被告人の司法警察員に対する昭和三十五年一月二十二日付供述調書中同人の供述記載、木本晴彦作成の被害届等を総合すれば、原審が右原判示別表二の事実を認めたことに、なんら非難すべき点がないと思われるのである。けだし、被告人は、警察における取調以来右事実を自白し、原審公判廷においてもこれを自白してなんら争わなかつたばかりでなく、被害者たる資格において木本晴彦がこれに添う被害届を提出し、右被害届は、原審において弁護人が同意をした上、その適式な証拠調が行われたものであるからである。しかるに、被告人は、当審に至つて初めて、右事実を否認し、私は、自分の働いていた右精機社からカメラを盗んだことは本当のことなので、会社の人も、右事務室の金員も盗んだものと思つているものと考え、警察の取調の際、自分が右金員を盗んだと虚偽の自白をし、その旨の調書が作成されたものである、また、右金具が紛失した数日後の昼間、同会社の作業場で、社員見学正一所有の現金五百円が盗難にかかつた事実があつたのであつて、私のほかに犯人がいるものと思う旨主張するに至つたので、当裁判所において、前記のとおり事実の取調をしたのであるが、右事実の取調の結果によれば、原判決別表二の事実中現金約五千二百円の所有者又は保管者は、木本晴彦でなく、右精機社社員藤社博司がその保管者であり、右金員は、同社員遠藤某外二十数名の所有にかかり、同人らが同会社その他に食券代その他の支払のために右藤社に渡し、同人が保管中のものであり、右金員が、原判示昭和三十四年十月二十八日盗難にかかつたこと、右盗難被害のほかに、同社員見学正一も同年十一月七、八日頃現金五百円の盗難被害を受け、また、同月二十三日頃右会社の私用電話料金入れの箱の中に入れてあつた同会社所有の現金約千円の盗難被害があつたことを認めることができるに止まり、その余の被告人の主張事実は、これを認めることができない。もつとも、当審における被告人の質問の結果によれば、被告人は、右主張事実に添うような供述をしているのであるが、右供述は、前記原判決の挙示した被告人の原審公判廷における供述及び被告人の司法警察員に対する供述調書中の同人の供述記載と対比して措信することができないのである。
次に、当審における事実の取調の結果によれば、右のように原判決別表二の事実中現金五千二百円の保管者は、右精機社社員藤社博司であり、その所有者は遠藤某外二十数名であることが明らかになつたのであつて、この認定に照らせば、原判決別表二の事実の認定には誤があることが明らかである。しかし、右現金の保管者及び所有者に関するこの程度の軽微な誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認に該当するものとは解せられないのである。なお、前記のとおり、当裁判所は前記事実の取調の結果に基き、原判決別表二の事実に関し、検察官の、昭和三十五年二月十一日付追起訴状公訴事実第二のうち、「木本晴彦の保管にかかる現金約五千二百円」とあるのを「藤社博司の保管にかかる遠藤某ほか二十数名所有にかかる現金約五千二百円」と変更する旨の訴因を許可したのであり、右訴因の変更は、前記判断のとおり理由があるのである。しかし、右訴因の変更が理由があつても、前記判断のとおり、原判決別表二の事実の認定中被害金員の保管者についての事実の軽微な誤認が原判決を破棄すべき事実誤認にあたらない場合には、右訴因の変更が理由があることだけを理由として、原判決を破棄することはできないものというべきである。
以上判断のとおり、原判決別表二の事実の誤認を主張する論旨は、結局理由がない。
(下村 高野 真野)